mamahahahaxのブログ

ママハハ14年☆悩みもたくさん奮闘日記

相談ができる人いますか?本音が話せる人はいますか?

私は、14年ほど?ママ母やっていますが、本音を話せる人はいません…。

一番わかってほしい旦那さんにもおそらく私の本当の気持ちは伝わらないでしょう。

 

こんなことがあった、こんなことが嫌だった、こんなことが嬉しかった、おそらく、私が感じることと、本当の父親が感じることは違うのは否めません。

普段散々喧嘩して、散々嫌だと文句も言っているのに、母親気取りをするのかとも思われかねない。そのくらい喧嘩をして、会話もない私のせいではあります。

 

旦那だけではありません。

ママ友にも、本当のことは言えません。

みんな、自分の子のこんなとこに怒れちゃって、言い過ぎた、ついついげんこつしちゃった、そんな風に言えるのは自分の子供だから。

自分の子じゃないとママ友が知っていたら、それは言い過ぎ、かわいそうと思われるかも。

血の繋がらない兄弟がいるから、仲良くしちゃダメよという家もあるでしょう。

再婚したのね、バツ1なのね、それだけで偏見はあるのは仕方ありません。

お姉ちゃん何歳で生んだの?の質問にはごまかすしかない。

旦那さんと出逢ったのはいつ?

本当のことは言えません。

本当に些細な会話にも、本当のことは言えず、隠し事をすることになる。

この人と仲良くしたいな、ママ友になりたいなと思っても、隠し事をしている以上後ろめたくなる。

 

きっとほんとはそんな事気にしなくていいんだろうけど…。

 

でも、保育園で私が途中からママ母になったことを知っているおかあさんも近所には何人かいるのです。

どこでどう伝わってもおかしくない。

保育園で信頼出来ると思っていたおかあさんから、他のママ友に伝わってしまったこともあります。

知らないうちに、旦那が誰かに話していたこともあります。

誰が知っているのかも分からず、本当に人を信用することが、難しい。

 

だからブログに書いています。

 

女の人は話して発散って聞きますよねっ。

発散出来ないのは辛いです。

自分の気持ちを理解してくれる人はいない、どうせ理解してもらえないと人を信用出来ないのも辛いです。

 

ただ、その中でも、頑張っている自分を信じてくれて、頑張ってるねと言ってくれる人もいます。

本当に信頼出来ると思える人もいます。

私は、その人達がいなければやってこれなかったと思います。

子供たちとは関係ない人たち、昔から自分を知ってくれている友達や同僚。

愚痴を言うことはしなくても、わかってくれています。

それでも、日々の生活でグチグチ思ってしまう性格ですが(´д`|||)

 

きっと毎日毎日悩みながら前に進んできたんだと思います。

あっという間に13年。

まだまだ一生続く話ですが、今までと同じように悩み、今までと同じように一人で抱え、今までと同じようにふと誰かの言葉に支えられ、自分の足で進んでいきます!

 

読んでくださったかた、ありがとうございます(*^^*)

養育費、教育費、お金のトラブル、器の小さい私です(>_<)

私は、フルタイム、正社員で働いています。

8時~17時。

子供たちは、保育園に預けていました。

 

下世話な話になりますが、

連れ子再婚、お金のトラブルも多いです…。

 

養育費を元の旦那さんや奥さんからもらっていたりしても、トラブルあると思いますが、うちは、一切もらっていません。

夫婦共働き。

 

ものひとつ買うにもいろいろあります。

いろいろ思います。

いろいろ考えます。

 

連れ子は、一番上で新しいものが多い。

下はお古ばかり。おばあちゃんもそうなります。

お金に余裕のある旦那ならよかったのですが、貯金もなく…。

でも、私は我が子に買ってあげたいという気持ちもやはり強い。

お古ばかりだからと言いつつ、買い物をすると、連れ子は、ずるいと高校生になった今でも言う。

そう言える度胸をある意味尊敬していますが(´д`|||)

 

自分が大人になり生活したり、結婚したりしなければ、この辺のことは理解出来ないだろうが、私も、子供のために働いて、買い物を楽しんだり、少しの贅沢をさせたり、そんなささいな楽しみさえも、平等を装わなければいけない。

だからといって、お手伝いをしたり、家のことをやっただけお小遣いだと言って、お手伝いも平等にさせたいが、これまた、一番上の連れ子は、口ばかり達者で、当番やらないことにも言い訳ばかり。いつの日か、やってということすら、こっちのイライラが増すだけで頼まなくなった…。

悪循環ばかりになってしまう、連れ子再婚。

 

お金の問題は、普通の夫婦も揉める位で、本当にシビアです。

いつまで親のすねをかじる?

親じゃないと反発する私に食べさせてもらうの?と、大きな声では言えないので、ここで…。

 

心が狭く、覚悟も出来てないと言われれば、本当にそれまでですが(´д`|||

 

家でも、一番上だから、ひとり部屋。

部屋があるのは家族で一人。

まぁ、これは、私もその方が距離が出来てよいかも。

下の二人は同じ部屋。

制服、自転車、もろもろ。

 

私もフルタイム正社員で働いているので、それなりのプライドが(>_<)

自分の子供には、買ってあげたい!

これが本音です(>_<)

 

読んでくださった方ありがとうございます!

 

なかなか、くだらない、お金の問題。

でも、現実的なお話です。

 

 

子連れ再婚に新婚生活はない!の巻。

私が結婚して、一緒に暮らすようになって初日。

ここから私の連れ子人生のはじまりです。

門をくぐったばかりでしょうか…

 

結婚した一番の理由は、出来ちゃった結婚でした。

ただ、子どもがいてもこの人だとも、そのときは思っていました。

子どもをひきとって育てている良きお父さん。尊敬出きる、と思っていました。

 

 

が、それは勘違いでした…

 

実際は、お婆ちゃんが家事育児していたと、おもいます。想像にすぎませんが。。

 

一緒に暮らしはじめた初日。

実家で暮らしていた私、料理もほとんど出来ない私が、子どもが好きそうなハンバーグ。

 献立を考えることも、どのくらいの量を食べるのかも分からない。

お婆ちゃん子だったせいか、野菜は嫌い。

新婚生活という甘いものはなく、どうしたら、好き嫌なく食べてもらえる?というのがひとつ。

普通、夫婦でも育ってきた環境がちがって、食の嗜好は違うはず。それに付け加え、連れ子の食も分かりません…。

 

さー、次はお風呂。

3才って、自分で洗えるの?着替えられるの?お風呂で何して遊ぶの?

ほんと未知の世界。

 

食にしてもお風呂にしても、旦那がこうだよとあまり教えてくれなかったし、すべてを聞くのも連れ子のいる前でおかしいし、平然を装い、やっていました。

結局、旦那は私に任せていたんですよね。

慣れさせるために手を出さなかったか、お婆ちゃんがやってたからか…。

 

でも、寝かせつけが一番大変でした。

そりゃ、子どもは引っ越しして家がかわり、いきなり私と寝る。

そりゃ、ばあばがいいーと泣かれますよね。

大丈夫だよーと、トントンと背中をさすることしか出来ませんが、それがそこではないらしい…

トントンの位置が違う…

そりゃ、分かりません…

それから、今まで一人で寝ていた私が小さい子と、べったりくっつき寝る。

これは正直、一番無理でした。

隣で寝るのはいいけど、抱きしめることや、体を触るコミュニケーション。これは、やはり、赤チャンのころからやっているからこそ、とれる行為なんだと思います。

やるのはやってみるけど、どうやるんだろう、の違和感。

心からとか、自然に出来るものではありません。

毎日泣かれる中で…。

 

という、きつい新婚生活。

 

私がみんなの洗い物を してると、パパと娘は仲良さそうに遊んでる。

写真 を取れば二人でくっついてる。

 

ほんと、新婚生活とはほど遠く、とても悲しかったし、切なかったとも、感じれないほど、生活していくのが大変でした。

悩んでる余裕もなく、一人でただこなしていくだけの日々でした…。

勝手に涙が出ることもあるんだとこのとき始めて知りました。

 

ほんと必死でした。

自分も妊婦だし。

 

今思えば、弱音も吐けなかった。

10年以上過ぎても思い起こせる位です。

 

子連れ再婚、これからするみなさん。

したばかりの、人達。

 

本当に繊細な問題であり、誰かを、何かを責めたりすることはしない、正解はなく、模索しながらでもやっていく。

なにもなくても、いつでも気にかけて欲しい、欲しかったとおもいます。

なにもないことは、多分ないか。

ほんとに些細なことでも悩めるんです…(>_<)

 

理解してくれる人がいたら、うまくいくこともたくさんあるんじゃないかな?

 

読んで下さった方、ありがとうございます(*^^*)

結婚することを、おじいちゃんが反対した。

私が子どもがいる人と結婚するとおじいちゃんに言ったとき、おじいちゃんは泣いて反対しました。

私が苦労するから、だと。

ただ、私が決めたことなら頑張れと背中を押してくれた。

 

 

旦那のおばあちゃんも、結婚には猛反対だったようです。

連れ子、自分のひ孫が苦労するから、と。

 

戦争を知っている世代は、親代わりとかいろんな家族を見てきているのだろう。

きっと、それが現実なんだと思う。

 

世の中離婚する人が増えて、連れ子再婚する人も増えて、新しいお母さんだよ、なんて、本当に奇麗事すぎる。

親の勝手だ。

私は、親は親で、離婚しても変わる事の出来ない存在であるべきなんじゃないかと思う。

いくら、ダメな親で子どもを手離したとしても、子どもにとっては血の繋がる親であり、そこから目をそらしてはいけない。

 

 

 

結婚して連れ子を育てる事になった私、しかし、旦那の親族は最初受入れムードではなかった。

 

若いママ母。

 

ただそれだけだろう。

お正月に帰省するのが、私は嫌で嫌で仕方がなかった。

全くのアウェイ…。

 

本当に数年辛かった。

ただのママ母。そう見られると思い込んでいただけかもしれない。

でも、そんな自信があったわけでもなく、大きな顔は出来ない。

 

でも、何年かするうちに、だんだんと氷は溶けた。今では普通に親戚として、付き合えている。特に、何かあったわけではないが、時間がすぎ、やっているという事実が出来ただけ。

 

奇麗事ではうまくいかない事でも、長く諦めずに続けていけば、まわりは理解してくれるのか。

 

連れ子の子どもも、本当の親の存在をなかったことにはしないで、反抗しながらでも、私との生活、今の家族と長く過ごし、いつか、自分も結婚して子どもを産む。

きっとそのとき、本当の母親への気持ち、連れ子として育てた私への気持ちが、少しでも理解できるのではないかと思う。

 

いつか、分かってもらえるそれまで…

諦めずに頑張ろうと思っています!

 

心はポキポキ折れてばかりですがw

 

 

読んでくださった方、ありがとうございますm(__)m

結婚して1年目、育児支援の方に言われたこと、8年目の児童相談所

私が結婚して、1年目、連れ子と、自分の娘が0歳。

産休をとって、近くの育児センターへよく行きました。

母乳が出ているかなど、身長体重の測定など、ごくごく普通の検診です。

しかし、そこで、悩みはありますか?と聞かれ、勝手に涙が。

知らないうちに、悩みがたまっていました。

しかし、0歳の我が子の子育てと連れ子4歳との1年目。

悩みを悩む余裕もなかったと思います。

 

そのときの、育児センターの人に旦那さんに、悩みが言えてる?と聞かれました。

正直、連れ子との悩みは、何も言えなかった。連れ子のこんなことが大変だ、好き嫌いが多い、片付けが出来ない、でも強く言えない。

それは、旦那にとってはほんとの子どもであり、言ったら文句を言われているととるかもしれないと思っていたからです。

正直、4歳の子どもがどこまで出来るかなんて、わかりません。

だから、どこまでがわがままなのか、分からなかった。

そんな中子育てをしていたことが、知らず知らずのうちにストレスになっていました。

 

 

旦那さんにはちゃんと話しをしたほうがいいよ。

 

これが、転機の言葉です。

言っていいのかと思いました。

そこから、いろいろ言うようになり、私のストレスも軽減される…と思いきや、旦那にとってはやはり、自分の娘を悪く言われた、私が出来ていないと、旦那と喧嘩が増えたのはこの頃からだと思います。

とことん話をして、私も旦那に言うことで、なんとかしてよ!と思う気持ちをかなり言ったし、言って子どもへの対応を任せることも増えて、そこからの喧嘩、母親やってないと言われたりと…。

喧嘩ばかりの日々は、もっと大変でもありました。

育児センターのかたの言葉は転機でありましたが、良かったか悪かったかは、正直わかりません。

 

 

もうひとつの転機。

私が娘と一番のバトルをしたときです。

学校へ行くときに、髪をしばりなさい、ただそこからはじまった喧嘩。

縛るという学校のルールがあり、いまどきは云われないのでしょうが、連れ子を育てるにあたって、学校のルールは守らせねば、学校から何か云われないようにしなければと、そういう事に対して敏感になります。

どうせ、連れ子だから、お母さん何もいわないんじゃない?と言われたくもないし、それよりも、学校のルールを守れのしつけのつもり。

ただ、それをことごとく反抗され、ついに、頭にきて、学校へ行かなくていい!髪の毛も切ればいい!とハサミを持ち出しました。

本当に、このときが、ピークのとき、育児ノイローゼでしょう。

押し問答をしたあと、ハサミを持ち出した自分に、放心状態。

泣きながら、旦那に仕事から帰ってきて…と。でも無理だと…。

それにも泣けました。

でも、家にはまだ連れ子と私の二人。

このままでは、きっと何かがおこる。

そう思い、児童相談所に連絡して、来て欲しいと。朝の9時位でした。

 

そのとき、職員がいないので、ごめんなさい、無理です。と。すぐには行けませんと。

 

愕然としました。

 

すぐにじゃなきゃ、意味がなかった。

ハサミを持ち出した自分がいて、あとで行きますでは、意味がない。

 

二度目の放心状態でした。

 

でも、そこで、これが転機となりました。

結局誰も助けてはくれない、と痛感したのです。

そこから、数分後、娘とちゃんと向き合い、私達は、本当の親子ではないから、こうやって揉めるけど、でも、私達が悩んで生きていることは恥ずかしいことではない。

一生懸命だから、こうなるんだと。

ハサミを持ち出したことも謝り、ママも人間で悩んでいる、理由があるから、注意するし、感情的にもなる、でも普通の親子みたいにはいかないけど、やっていこう、と。

 

子どもは、そこから学校へいき、2時間後、児童相談所の人が訪ねてきました。

もう、解決したので、大丈夫ですと帰ってもらいました。

 

そこからも、ささないことでいろいろ揉めてきましたが、喧嘩の最後になるべく(毎回なんて奇麗事は無理です。)向き合うようになりました。

普通の親子だったらなんて、結局は分からない。連れ子だからってわけでもない、それでもママは一生懸命だから…って。

 

数年経ち、大きくなり、今では旦那と私が喧嘩になったときに、連れ子が、味方になることもあります。

私はこの家でいいと言ったこともあります。

今の関係性は、よくはないし、普段は話さないし、横柄な態度にはムカつきますが、そこの根本の今まで苦労してやってきた思いは一緒かもしれません。

 

私にとっての転機は、自分で気づいて前にふみだすことだったみたい。

 

今まで、育児ノイローゼなのか、鬱なのかなと、病院にも行きましたが、カウンセリングするには金額も高い。仕事もしながら通うことすらままならない。

結局、余裕もなにもない。

そんな中子育てしてる人っていっぱいいると思うんです。

病院で話をしようとしても、泣けてしまい、うまく話せなかった。子育ての悩みなどはカウンセリングや育児センターに言ってと言われます。

病院では、眠れないなら薬、仕事を休んだ方がいいなら診断書。

根本的な解決は、自分でするしかないと、どこへいっても痛感する。

 

 

唯一、保育園の先生に本当に救われました。

再婚して、私が突然やってきた事を知っていてくれる人。

小学校へあがったとき、学校には話しませんでした。そういう目で、子どもも私も見られること。そういう対応をされるのが嫌でした。

でも保育園の先生は、分かっていて、私が育児をしたことのない、若いママだとちゃんと接してくれました。

牛乳飲ませてね、給食遅いんだよ、こんな風にやってみて!本当にたすかりました。

 

私の異変に気付いてくれるのも保育園の先生。

お母さん、今日これ忘れてたよ、いつもそんな事ないのに、何かあったの?と。

その一言で泣けました。

保育園の先生の前で何度も泣きました。

でも、泣ける理由が理解できていないんです。大変は大変だったんだろうけど、いろいろありすぎて、これが悩みと自分でも分からなかった。

でもそれを一番察知してくれたのが保育園の先生でした。

連れ子を育てながら、妊娠していたときも、本当にたくさん声をかけてくれました。

 

保育園の先生が居なかったら間違いなく諦めて離婚してたかも、です。

 

 

いろんな転機があり、今があります。

よく、乗り越えたな、どうやって乗り越えてきたんだろうと今でも思います。

 

でも、まだまだ喧嘩の毎日。

 

育児はいつまでなんだろう?

 

読んでくださった方、ありがとうございますm(__)m

喧嘩のはて…終わり 反抗期は放っておけ!?

長女との喧嘩は、まだ養っている側として、態度気を付けなさいで終了しました。

 

高校生、ほんと、大人をなめてます…泣

 

イラットしても、ほおっておくのが一番、とよく言いますが、こちらも人間。

 

なかなか、スルーすることは難しいのでは、ないでしょうか?

結果、自分の子どもだったら、どう思うのかとなっしまいます。

 

今回の喧嘩、理由はありますが、結局は態度が横柄、文句ばかり言っているなというのが、根本的なとこだと思います。

思春期、反抗期、あるかもしれません。自分のほんとの母親じゃないってだけで、反抗されるものだと覚悟もしていました。

でも、怒れることはあります。

 

でもでも、今の長女のような横柄な態度を自分の娘がしていたら、私はもっとおこっていると思います。その態度はなんだって。

連れ子であるから、言わないこともたくさんある。本気で人に注意したり、怒りを伝えることって、難しいことなんです。

だから、普段からそんなにしゃべらない私と長女の間柄では、本気で注意したり、叱ったり、言えないし伝わらない。

自分の娘になら、もっと厳しく言っても、切っても切れない縁なのか、自分の娘、自分の血が入っていて仕方ないと諦められるのか、そのあとの関係性もひきづらない。

長女に、たいして、許すという行為が本当に難しいんです…。

 

 

やっぱり怒る、叱るにしても、違うものだと、痛感します。

 

でも、結局、同じ年に連れ子と自分の娘がいなければ、比べることも、できない。

自分の娘が高校生になったら、同じようになるのか。

 

それは、まだわかりません。

 

 

でも、とりあえず、今回、ダメなことはダメ、横柄な態度も気を付けないと、話がまとまったので、良かったです。

 

反抗期、ほおっておく、これが出来るような人間に私も、成長しなければいけません(>_<)

 

 

読んでくださった方、ありがとうございます(*^^*)

 

 

 

養子縁組、本当の親

旦那は余分なことをべらべら話す人ではありません。

聞いても機嫌が悪くなり、話し合いとかは無理な人です。

 

私は、本当の親のことは全く聞いていません。聞いたこともあるけど、話したくないらしい。私に言わなくてもいいことと、区切られている。

 

私も、知っていたほうがいいのか、今となってはいろいろ知らなくて良かったのか。(離婚の理由は聞いたけど、それ以上は知らない)

 

婚姻届を出したときに、養子縁組はしますか?と、言われ、若かった私達はよく分からず、辞めてしまった。

それから、揉める日が続けば、養子縁組の話なんて、しなくなる。

なので、戸籍上なにもない。

特に、支障もないし、養子縁組していたら、もっと責任を感じていたかもしれない。

 

今となっては良かったのかな。

 

それとも、養子縁組していたら、もっと責任持って、親子になれたのかな。

 

答えはきっと、長女が母親になったとき、もしくは、もっとあとなんだろうな。

 

そんな風に思う。

 

結婚したばかりの頃は、養子縁組のことも、本当の母親のことも、やはり気になった。本当にいろいろ悩んだ。

今は気にならなくなった。

いつまで経っても、悩んでも仕方のないことは増えていくばかり…。

 

 

 

 

 

長女に、喧嘩して、私の自由をうばうなと言われた。楽しみをうばうなと。

でも、理由があったから、ダメだと言っただけ。

 

その次の日。

自分の子どもも、ゲームばかりの様子に注意した。

誰もが楽しいことはずっとやっていたい。

なんで、やりたくないことや、我慢をしなきゃいけないの?かとも考えるだろう。

 

私だって、やりたくて連れ子をそだててるわけじゃない!って言いたいけど言えない。

でも、旦那と結婚した以上やらなければいけないのだ。

 

人は楽しむために産まれてきたんじゃない。

産まれてきたから、楽しいことが出きる。だから、楽しいことだけじゃないんだよって。

子どもに言いながら、そーなのかなって、自分にも長女にも、聞いて欲しかった。

 

 

 

読んでくださった方、ありがとうございます(*^^*)

 

 #養子縁組 

 #実の母親